(お父さんは今年最後に見た雪でした。私が撮ったのです。)
(多桑今年最後一次看到的雪景。我幫多桑照的相片!)

親愛的多桑於平成23年9月4日早上8:55分往生。

昨天早上多桑開始不太認得人,婆婆緊張地趕緊打電話叫我們前往守候,並且通知親戚。

大家都來了,並且一直對多桑說話...

當我每次牽著多桑的手對他說話時,多桑一定是緊緊地握著我的手。

我好幾次在多桑身邊對他說...

【多桑,我是您最疼的奈々喔,您知道嗎?您不要擔心,請放心喔。】

【多桑,謝謝您1年半以來對我那麼好,張開手臂歡迎我來,而且真心把我當自己女兒看待!】

【多桑,下輩子再當您媳婦喔!】

【多桑,別擔心婆婆,因為有SATOSHI和我。。】

【多桑,我很尊敬您,因為您太偉大了..】

【多桑.......】

生病以來從不曾掉一滴淚的公公,今天在我面前眼眶竟充滿淚水,我擦去公公的眼淚,我知道多桑您想跟我說什麼。。

上個禮拜當我握著您的手說【多桑,謝謝您對我那麼好...】

多桑卻說【沒有,妳來日本,都沒有給妳什麼,還給妳添麻煩。。】

真的不麻煩呀,真希望您多活20年,我想讓您看看在日本努力生活著的我的未來呀!

眼睛不好的婆婆也是一邊和公公說話眼淚一直掉不停。

誰說男兒有淚不輕彈?會掉淚的男人是很富有感情的。看著2位180公分高的大男孩站在自己父親身邊握著爸爸的手,眼眶是紅的,不敢哭出聲,卻是一直擦鼻涕..看的人都覺得心痛。

昨晚不敢回家,和婆婆,老公,叔叔嬸嬸待在醫院守候。之間好幾次出現病危,堅強的公公都是勇敢的撐下來,卻是敵不過病痛,沒辦法說任何話的公公,卻是似乎一直開口想交代很多事...

婆婆說..我們都知道您很痛苦,大家都在身邊,大家都好幸福喔..您不要擔心。

昨天的公公認不得人,今天的公公眼睛卻張得好大,一直看我們,一直捨不得離開我們的表情。

8點55分左右,我看見多桑不動了...急促的呼吸聲音停止了。弟弟大叫【多桑.......】

趕緊叫護士前來,護士摸摸多桑的脈搏說【是最後的時期了..】

大家緊緊握著公公,在最親愛又最放心不下的家人陪伴之下離開我們了。

主治醫生,每位護士全都前來向偉大的多桑致意。大家都說多桑眞的是好勇敢的病人。

帶著多桑回家,多桑的臉像睡著一般,安安靜靜地躺著。

為多桑上香好多次,今天也有很多人前來看多桑。

明天,是多桑的通夜,後天早上火葬,下午1點舉行告別式。

我是長媳,又是外國人。我不懂的得一邊看著大家的動作一邊跟著做。跟著家人跪在前來親友的面前跟大家行禮。我只能盡心盡力做自己可以做的事。

辛苦的是老公,去年3月前,為我倆的婚禮猛背結婚致詞稿,今年的他現在卻是正在我身邊練習多桑喪事的致詞稿。邊唸又邊哭..

平成23年(西元2011年)9月4日早上8點55分,63歲年輕的多桑離開了敬愛他的每位親友。

2周前愛犬走了,昨天多桑也走了。ケースケ一定是在天國等著公公吧!

謝謝大家的留言,但是現在可能還無法回覆,等事情平靜下來再回覆大家。

真的謝謝大家的關心,我會很堅強的。

再為摯愛的多桑上一柱香。


優しかったお父さんがもう亡くなりました。どうして私たちから離れましたか?

這麼溫柔可親的多桑,您怎麼就這樣走了呢?

親愛なるお父さんは平成23年9月4日朝8時55分に亡くなりました。

土曜日からお父さんの具合が悪くなりましたので、お母さんがすぐみんなに知らせて、家族がすぐ病院に行きました。

みんなお父さんの周りに立って、ずっとお父さんの傍にいろいろ話してあげました。

私はお父さんの手をしっかり繋ぎ、お父さんも私の手をしっかり握っていました。

【お父さん、私はお父さんが大好きな奈々ですよ、知っていますか?心配しないでください、安心してくださいね。】

【お父さん、有難うございます。この一年半本当に私を自分の娘としてすごく優しくしてくれて、感謝します!】

【お父さん、来世またお父さんのお嫁さんになりますね。】

【お父さん、お母さんの事を心配しないでください、SATOSHIと私がいますから。】

【お父さん、尊敬しますよ。お父さんは偉すぎました・・】

【お父さん・・・】

お父さんは病気になって以来、一回も泣いたことがありません。でも私がこういう話をお父さんに話したら、お父さんは涙が流れてきました。何回もお父さんの涙を拭いてあげました。お父さんがもう話せませんでしたけど、何か言いたかった気がしました。

先週お父さんはまだ話せたときに、私は【お父さん、いろいろ有難うございますね。】、と言いました。

お父さんは【いいえ、何もできなくて、申し訳ないです。】、と私に言いました。

お父さんが本当に申し訳ないと言わなくてもいいです。お父さんからいろいろいい思い出を貰いましたから、私こそ有難かったです。

目が悪いお母さんがお父さんに話すたびに、涙が何回も出てきました。

180センチある2人の息子もお父さんの傍に立って、涙がぽろぽろと出てきました。周りの親友がみんな見たら、もう我慢できず、泣いてしまいました。

心が痛すぎました。

土曜日の夜、みんな病院でずっとお父さんの傍にいて、見守っていました。この間に、お父さんが何回も危篤状態になりましたけど、強いお父さんは負けずに、生きていました。何回も何か言いたかったけれども、もう言えなくなりました。

お母さんは【苦しい?分かったよ。心配しないでね、みんな幸せだよ。お父さんがいるときも幸せだったよ。】・・・

お父さんは目を見開いて、みんなを見まわしていました。私たちを離れたくなかったかなあ。。もっと生きていきたかったかなあ・・・

8時55分、お父さんは急いでいた呼吸が止まってしまいました。弟さんは【お父さん!お父さん!】、と大声で叫びました。

看護婦を呼んできて、お父さんの状況を見てもらいました。

【もう最期です・・】と言いました。

みんなお父さんの周りに立って、守ってあげました。お父さんが親愛なる家族を離れて逝きました。

医師、看護婦もお父さんの姿を最期まで見守っていました。有難うございました。

【本当に偉い病人でした。】と医師に言われました。

お父さんを連れて家に帰りました。今寝ているように静かに横になっています。

綺麗な顔でした。お父様!

今日はお父さんの通夜で、明日は告別式です。

二週間前に愛犬のケースケが亡くなり、今親愛なるお父さんが亡くなりました。悲しい限りです。ケースケもきっと天国でお父さんを待っているでしょうか。

私は長男のお嫁さんですし、外国人ですので、いろいろ日本の葬式が分かりませんでした。でもみんなの見様見真似で習います。家族と一緒に正座して、親友にお礼をします。強くしないといけません。

旦那さんこそ辛いです。去年私たちの結婚式の挨拶を練習して、今私の傍に葬式の挨拶を練習しています。悲しいですね。

平成23年9月4日朝8時55分にお父様が63歳で往生しました。若すぎました!

いい思い出がいつまでも私の心に残っています。一生忘れられません。

お父さん、さようなら!本当に有難うございました。お疲れ様でした。天国でゆっくり休んでください。私たちを見守ってください。

いろいろコメントありがとうございます。心が温かいです。少し落ち着いたら、また返信いたします。申し訳ございません。

お父さんに線香をあげました。



ケースケ、お父さんの面倒をお願い致しますね。

ケースケ,要好好照顧多桑喔!

(この一年半の間に、私がお父さんとケースケの写真をたくさん撮りました。これは私と家族が一生の思い出になりました。)

(這1年半以來,幫多桑和ケースケ照了很多相片,成為我和家人這一生永遠難忘的回憶。)

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